扇子を投げる遊び「投扇興(とうせんきょう)」とは

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扇子を投げる遊び「投扇興(とうせんきょう)」とは

日本の夏場は湿度が高くてジメジメしがちです。コンパクトにたたんで持ち歩けて、必要なときにサッと開いて使える「扇子」を愛用しているという方も多いのではないでしょうか。
平安時代にはすでに使われていたと記録され、現代も便利に使われている扇子。古くから、本来の「あおいで風を送る」という用途以外にも、宗教や芸能などさまざまな場面で用いられてきました。そんなちょっと変わった扇子の用途の一つに、遊具としての使用があります。今回は、日本の伝統的な遊び「投扇興(とうせんきょう)」についてご紹介します。

投扇興(とうせんきょう)とは

投扇興は、文字通り「扇子を投げて得点を競い合う遊び」です。交互に投げて合計点を競い合う対戦ゲームなので、ダーツをイメージすると近いかもしれません。

投扇興では、「枕」と呼ばれる桐箱の上に「蝶」と呼ばれる的を立て、その的に向かって「扇」すなわち扇子を投げます。枕と蝶と扇の3つが作る形ごとに「銘」という呼び名とそれに応じた点数が決められており、合計の得点が高い人が勝ちになるというルールです。
この「銘」には、『源氏物語』や『百人一首』の句になぞらえた名前が付けられています。たとえば3つの道具がバラバラに散った銘には、光源氏の儚い恋を描いた一節「花散里」の名前が付けられています。大変情感のある名前ですが、扇を蝶にぶつけて落とすだけなので配点はわずかに1点。
一方、匂宮と浮船が船に乗る様子になぞらえた「浮船」は、蝶を落とした上でうまく扇の上に乗せなければいけない難しい銘であるため、配点は30点となっています。
投扇興は単なるゲーム性だけではなく、その由来にも情緒のある遊びなのです。

江戸時代に庶民の遊びとして流行

投扇興は、江戸時代の中期に京都で遊ばれるようになったのが始まりとされています。元になっているのは、中国から伝来した「投壺(とうこ)」という遊び。これは中国で古くから遊ばれてきた、ツボに向かって矢を投げ入れ、その入り方によって得点が決められているゲームなのですが、ルールがとても複雑でわかりづらく、日本ではあまり普及しませんでした。
この投壺を元に、誰でも気軽に遊べるシンプルなゲームとして日本で生まれたのが投扇興です。投扇興は京都の庶民の間で大流行し、京都を訪れた人たちによって全国に広まっていきました。
江戸時代には広く親しまれた投扇興でしたが、明治以降は西洋化・近代化の流れの中で次第に衰退していったようです。

扇子のお土産に、投扇興の話を添えて……

扇子を投げる遊び「投扇興(とうせんきょう)」とは

現在では日本人でも投扇興の存在すら知らない人も多いかもしれません。メディアなどを通じて見知っていても、実際に遊んだことのある人は少数派でしょう。しかし、江戸時代に全国各地へ広まり、それぞれ独自のルールを生み出して普及していった投扇興は、現在でも各地にさまざまな流派の団体があり、日本の伝統的な遊び・競技として受け継がれています。
日本らしい絵柄の扇子は、海外の人へのお土産として人気の高いアイテムの一つです。もしお土産として扇子を差し上げるのであれば、日本の伝統的な遊びである投扇興についても教えてあげてはいかがでしょうか。興味深く感じていただけるかもしれませんよ。

投扇興(男性向け)